永遠のヘロド/The Eternal Herod

コロナ禍で揺れる2020年の世界でも、名馬の血は受け継がれてゆく。ディープインパクトから父子2代でクラシック三冠を無敗で制したコントレイル。同じく無敗で牝馬三冠を達成したデアリングタクト。そして、ジャパンカップでこの2頭を打ち破り、わが国の競走馬として初めて国内外の芝G1レースを9勝した名牝アーモンドアイ……。

彼らの父系を遡れば、18世紀の伝説的名馬に辿り着く。その名はエクリプス/Eclipse。サラブレッド三大始祖の一角ダーレーアラビアン/Darley Arabianを高祖父に持つこの馬は、18戦18勝という完璧な戦績に留まらず、種牡馬としても規格外の能力を見せつけた。代表産駒ポテイトーズ/Pot-8-Osを筆頭に、3頭の英国ダービー馬やキングファーガス/King Fergusら優秀な息子たちを次々に送り出し、その名は人々の記憶に永く残されることになる。今日では、世界のサラブレッドの実に98%以上がエクリプスの直系子孫であるという。

一方、エクリプス系が放つ眩い光にかき消されるように、表舞台からひっそりと消滅しつつある血族がいる。

最古参の三大始祖バイアリーターク/Byerley Turk。17世紀に生まれ、軍馬として、また競走馬としても優秀な資質を持っていたこの馬の血はかつて、その玄孫にして稀代の名種牡馬ヘロド/Herodが伝え、世界中の大レースを制覇する原動力となった。今日では、バイアリータークの血を継ぐサラブレッドはすべてヘロドを経由しているため、この系統はヘロド系とも称される。

18世紀から19世紀の世界では、ヘロド系こそ最強の血の証明だった。ヘロドに始まり、ハイフライヤー/Highflyer、サーピーターティーズル/Sir Peter Teazleへと続く血統は、その年の産駒成績が最良だった種牡馬に与えられるリーディングサイアー(首位種牡馬)の地位を1777年から1809年までの33年間で31回も奪取し、まさに無敵を誇った。米国に渡ったフロリゼル/Florizelも、5代目の子孫レキシントン/Lexingtonが16度もリーディングサイアーを獲得し、ヘロド王朝の威勢を示した。わが国にあっても、かつてはヘロドの息子ウッドペッカー/Woodpeckerの血を継ぐパーソロン/Partholonが大成功し、シンボリルドルフやトウカイテイオーのようなスターホースたちが20世紀後半まで活躍していた。

だが、これほどの栄華を誇ったヘロド王朝も、エクリプス系の子孫との競争にことごとく敗退し、21世紀の現代では消滅を待つばかりとなっている。わずかに現れる活躍馬も王朝復権の足掛かりを築く前に寿命を迎え、多少なりとも存在感のある種牡馬は英国のパールシークレット/Pearl Secretほか数頭といってよいほどに追い詰められている。このままでは、ヘロドから数えて260年以上、バイアリータークから数えれば340年以上続いた直系子孫も遠からず完全に消滅するだろう。

ヘロド系が滅ぶことによって、将来のサラブレッドたちが受ける損失は誰にも分からない。弱者が去り、強者が残り続けてきたサラブレッドの血統改善の歴史を思い起こせば、ヘロド系もまた淘汰されたとしても、何の問題も起こらないのかも知れない。

しかし――。今まさに滅ばんとするヘロドの血族には、私たちの心に触れる何かがある。確かにそれは、一度は栄光を掴んだ一族が途絶えることを口惜しく思うような、さしたる意味もない感傷だろう。だが、それでも、サラブレッドの歴史の中で最も長く、強く輝き、無残に散っていくヘロド系の姿を見届けたいという思いは変わらない。

ならば私は、滅びゆくヘロドの記録を集め、この系統の長きにわたる戦いぶりを書き残そう。私たちとともに生きたヘロドの記憶が、永遠であるように。

ヘロド系サイアーライン
Herod sire line