おそらく、「フォーセリア」だの「バブリーズ」だのと言われてピンとくる方は30代以上(あるいは40代以上)だろう。そうでない年齢層の方も含めてこんな話に興味を持っていただけるか分からないが、ファンタジー世界の住人になった名馬たちを少しだけご紹介したい。ほんの数人でも、「あったな、そんなの!」と思い出して面白がっていただけたら幸いである。
ソード・ワールドRPGは、いわゆるテーブルトークRPGというジャンルに属するもので、極端に言えば、共通ルールの知識と鉛筆と紙とサイコロさえあれば、後は想像力に任せてファンタジー世界の冒険者になりきり、剣と魔法と魔物が跋扈する世界を縦横無尽に駆け巡ることができた。このゲームの成立時期は1980年代後半だが、それから1990年代にかけてゲームの参加者同士の会話を書き起こしたリプレイ集が人気を博し、一気に盛り上がったと記憶している。ただし、このゲームをまともにプレイするには、冒険者役を演じるプレイヤーが数人以上と、独自のシナリオを作成し、プレイヤーの冒険をリードする優秀なゲームマスターが必要であり、満足のいくゲーム環境を整えるのは容易ではなかった。しかし、人数不足やシナリオの欠陥やルールの未習熟に起因する不便さを想像力と応用力で補うのがこの手のゲームを楽しむ秘訣であり、そういう気質を持ち合わせた方には実に面白いゲームだったに違いない。
さて、このソード・ワールドの舞台であるフォーセリアには、人々の信仰を集める(という設定の)善良な神々と、一般市民には忌み嫌われる邪神がいた。善玉の方を挙げると、至高神ファリス、戦神マイリー、大地母神マーファ、幸運の神チャ・ザ、そして知恵の神ラーダ。邪神の方は、至高神ファリスと対になる存在であるファラリス、それから、海神ミルリーフといった調子だった。このように活字にされると、サラブレッドの歴史に詳しい方は即座に、著名な競走馬の名前がここに存在していることが分かるだろう。
現実世界のファリス/Pharisは、フランス人の名高い馬産家マルセル・ブサック氏の傑作で、フランスの伝統ある大レース、ジョッケクルブ賞とパリ大賞典を制した名馬である。第二次世界大戦に巻き込まれ、ドイツ軍に接収されたこともあるが、種牡馬入りした後の成績も良好で、何度もフランスリーディングサイアーを獲得した。子孫は一時期大きく発展したが、現代では廃れている。一方、ファラリス/Phalarisは、ファリスの祖父にあたる。ゲームの方はファリスとファラリスは兄弟神という設定だったので史実とは多少様相が異なるが、同じ血筋のファリスとファラリスを対にした点では製作者のこだわりが感じられよう。現実世界のファラリスは、現代競馬の主流血統の祖と言える偉大な名馬であり、アーモンドアイもコントレイルもデアリングタクトも、それらの祖先のミスタープロスペクター系もノーザンダンサー系も、元を辿ればファラリスである。
ファリス 1936年(仏) 3戦3勝:パリ大賞典 |
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ⓒ 2021 The Eternal Herod |
さて、もう一頭の名馬がこのファンタジー世界に登場しているので、ぜひ触れておきたい。その名はミルリーフ/Mill Reefである。ミルリーフは1968年に米国で生まれたが、英国を中心に競走生活を送り、英国ダービーやキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス、さらには凱旋門賞を制するなどこの時代を代表する名馬となった。種牡馬としても優秀であり、英国リーディングサイアーを2度獲得したほか、産駒のミルジョージやマグニテュードはわが国に輸入され、それぞれが何頭ものG1馬を輩出する成功を収めた。
ここで、ソード・ワールドの方に目を転じると、ミルリーフの5代前の父がファラリスである。ここで邪神同士が同じ系統で繋がったことを確認して満足しても良いが、善玉のファリスと邪神ミルリーフは、ファラリスの息子ファロス/Pharosで分岐してそれぞれが異なる系統に属している。もし、ソード・ワールドの製作者が善の神と邪神を分けるためにこんな細かい血統の違いを意識していたなら脱帽するしかないが、果たして真相はどうだろうか…?
ミルリーフ 1968年(米) 14戦12勝:凱旋門賞 |
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しかし、ソード・ワールドの神には残念ながらヘロド系の種牡馬がいない。ヘロド系は現実世界では絶滅の危機に瀕しているだけに、せめてゲームの世界では活躍させてくれても良いのではないだろうか。仕方がないので、ここはヘロド系を愛する人間として、善玉の神の一人である戦神マイリーのモデルは、わが国のヘロド系の旗手パーソロン/Partholonの父マイリージャン/Milesianだという説をぶち上げてみたい。ああ、どうか皆さん、私を見捨ててお帰りになる前に下表をよく見て欲しい。パーソロンの父はマイリージャンだが、母の父はファリスである! ここでファリスが出てくるとは偶然にしても素晴らしい。おい待て、こいつはマイリージャンじゃなくてパーソロンの血統表じゃねぇか、というツッコミはご勘弁いただくとして、無理やりこじつけたにしてはよくできた冗談ではなかろうか。
パーソロン 1960年(愛) 14戦2勝:愛ナショナルステークス(愛G2) |
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こうして長々と語ってみると、昔に戻るのはそう難しくない気もしてくる。当時のソード・ワールドのルールブックや、絶大な人気を誇ったバブリーズの冒険譚は今でも手に入るようだ。今もプレイする人はいるのだろうか。
バブリーズのリプレイ集は下記を含めてなんと4冊。当時の人気が分かる。