最古参の三大始祖バイアリーターク/Byerley Turkに憧憬の念を抱く人は多いらしく、この馬はサラブレッドの歴史とともに様々な場面で描写されている。とはいえ、生年すら曖昧なバイアリータークの経歴には不明な点が多く、元々は17世紀の末に英国人がオスマン帝国から奪取した軍馬であり、新たな所有者となったロバート・バイアリー大尉を背に戦場を駆け巡ったとか、ダウンロイヤルで行われた競馬で勝利したとかいったストーリーが、ある程度の記録と想像で補われつつ語り継がれてきた。バイアリータークは、種牡馬としては平凡な成績であり、その血統が注目されるには4世代後の子孫にして18世紀最大の名種牡馬ヘロド/Herodの登場を待たなければならなかったのも、この馬の情報が残りにくかったことと無関係ではないだろう。
さて、本書は、K. M. ハラランボス女史によるバイアリータークとその子孫たちの生きざまを編纂したノンフィクション。ハラランボス女史は、かつてバイアリータークが種牡馬時代を過ごしたゴールズボローの近郊に住んでいた縁で、この系統に興味を抱いたという。女史が情熱をもって書き上げた本書は10章からなり、ヘロド系のファンなら章題を見ただけで幸せになれるはずだ。機会があればぜひ手に取っていただきたいので、以下に章題をご紹介したい。
- ‘Foyal et Loyal’
- The Herod Dynasty
- The American Dynasty
- The Highflyer Line
- The Woodpecker Line
- The Castrel Branch
- The Selim Branch
- The French Connection
- The English and Irish Heritage
- Continuation
現代まで生き延びたヘロド系という観点では、トウルビヨン/Tourbillonの系統をまとめた第8章と第9章が重要である。ただし、本書は1990年の出版物であるため、一番最近の馬でもドントフォーゲットミー/Don’t Forget Meであり、インディアンリッジ/Indian Ridge以降の馬は登場しない。
ヘロド自身はむろん第2章で大きく取り上げられており、生産者のカンバーランド公爵とともに、競走馬および種牡馬としての生涯が記述されている。
ヘロドの系譜を拡大した優秀な3頭の息子たち、すなわち、フロリゼル/Florizel、ウッドペッカー/Woodpecker、ハイフライヤー/Highflyerについては各々簡素な紹介に留まっているが、彼らの代表的な子孫については一頭一頭に触れながら馬自身の個性、周囲からの評価、競走成績や種牡馬としての活躍まで丁寧に描写されているので読み応え十分である。
なお、本書はあくまでヘロド系の名馬たちの生きざまに注目したものであり、各馬の競走成績や産駒成績を体系的にまとめたデータブックではない点にはご注意願いたい。