このタイトルを見た方が血統ファンであれば、本書の内容は大方察しがつくと思うだろう。そしてきっと、この有名なフレーズを真っ先に思い浮かべるはずだ。
「セントサイモンの悲劇」
この悲劇の物語は当サイトでも度々取り上げているが、すなわち、19世紀末に登場した偉大なる名馬セントサイモン/St. Simonが、当時の欧州に血統の大革命を巻き起こし、優秀な息子たちとともに大セントサイモン系を築き上げた。ところが、あまりに流行りすぎた血族はほどなく飽和して次の世代を育む土台を失い、あっという間に瓦解していったという筋書きである。
このような予感を胸に本書の章題を眺めたならば、ああ予想通りの展開だなと思うかも知れない。20世紀末以来、わが国のサラブレッド史をまったく変革してしまったサンデーサイレンス/Sunday Silenceとその子孫たちの隆盛は、その後かの一族を襲った悲劇の前触れに重なるからだ。
序 章:「ジレンマ」はもう始まっている
第1章:血のレボリューション サンデーサイレンスとは何だったのか
第2章:血のジレンマ サンデーの敵はサンデー
第3章:血のミッション フジキセキ 孝行息子の肖像
第4章:血のイリュージョン 代用血統の可能性
第5章:血のリベンジ 異系種牡馬の逆襲
第6章:血のルネサンス 無敵の牝馬が象徴するもの
終 章:ジレンマから逃れるために
しかし、そうと判断して本書を理解したつもりになるのは早計である。著者の吉沢譲治先生は、「セントサイモンの悲劇」の焼き直しなどでは到底気づかない視点から、サンデーサイレンスの起こした「ジレンマ」の核心に迫っていた。
元々、わが国のサラブレッドの発展は、海外から輸入された新しい血に支えられてきた。われらがヘロド系の勇者パーソロン/Partholon、”天馬”トウショウボーイ/Tosho Boyの活躍が有名なテスコボーイ/Tesco Boy、1980年代に一時代を築いたノーザンテースト/Northern Tasteらが代表格だが、いずれもサンデーサイレンスほど他系統を圧倒したわけではない。そこに存在する要因と、わずかな反攻の機会をも潰されていく挑戦者たちの悲哀、さらには自ら手足を縛られるサンデーサイレンス系の苦悩を見せつけられれば、一方にだけ訪れるものではない「ジレンマ」の意味が分かるだろう。
それにしても、私はヘロドとセントサイモンの子孫ばかり追いかけていて知らなかったが、20世紀後半に史上最大規模で血統革命を巻き起こし、巨万の富を生んだノーザンダンサー/Northern Dancerの生家までもが既に没落しているという事実を本書で初めて気づかされた。まさしく盛者必衰と言えようか。かつて栄華を極めたヘロド王朝が復権は想像以上に難しいのかも知れない。