ゲーム好きの方に贈るヘロド系と日本ダービーの物語

トキノミノル銅像
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御礼に代えて

滅亡寸前の零細血統(ヘロド系)の生き様を記録するために開設した当サイトだが、少しでも多くの方の目に留まればと思い、記事を書く度に宣伝している。正直、反響はあるまいと覚悟していたが、ゲーム好きの方などに時折評価をいただくことがあり、励みになっている。この場を借りて御礼申し上げたい。

素直な感想を言えば、コーエー社の「Winning Post」のユーザーさんはともかく、Cygames社の「ウマ娘」のユーザーさんからも評価をいただけるとは驚きだった。「ウマ娘」の方はまったく知見がないが、ゲームの性質から推して若い方やライトな競馬ファンが多いのだろうと想像する。私としては、様々な立場の方がヘロド系に興味を持っていただけるなら、これに勝る喜びはない。

実際の競馬に目を向ければ、今年もまた、わが国最高峰のレース東京優駿(日本ダービー)の季節が巡ってきた。最近の方はご存じないかも知れないが、18世紀の大種牡馬ヘロド/Herodの子孫には、かつてわが国に偉大な足跡を遺したスターホースも多かった。ヘロド系を知る入り口の一つとして、本稿では日本ダービーを制したヘロド系の名馬をご紹介したい。

ダービー馬となったヘロドの子孫たち

現代競馬発祥の地英国において、勝利することが最大の栄誉とされるダービーステークス。この大レースに倣い、わが国に「日本ダービー」が創設されたのは1932年のことである。以後、日本ダービーはわが国最高峰のレースとして君臨し、3歳馬の最強決定戦としてあらゆるホースマンの目標とされてきた。

日本ダービーの創成期から第二次世界大戦前後までは、トウルヌソル/Tournesol、シアンモア/Shian Mor、プリメロ/Primero、ダイオライト/Dioliteらエクリプス系の種牡馬の産駒が圧倒的に強く、ヘロド系が割って入るチャンスは巡ってこなかった。しかしながら、1951年の第18回開催で初めて優勝馬が出ると、以降は次第に強さを発揮するようになる。

当サイトでしばしば取り上げているように、最近の学説では19世紀末の偉大な種牡馬セントサイモン/St. Simonの子孫もヘロド系に属すると言われている。そこで、セントサイモン系も含めてカウントすれば、この系統が日本ダービーを制した回数は14回に上る。

開催優勝馬子系統親系統
第18回(1951年)トキノミノルセフトザテトラーク系ヘロド系
第20回(1953年)ボストニアンセフトザテトラーク系ヘロド系
第24回(1957年)ヒカルメイジボワルセルボワルセル系セントサイモン系
第27回(1960年)コダマブッフラープリンスローズ系セントサイモン系
第28回(1961年)ハクシヨウヒンドスタンボワルセル系セントサイモン系
第31回(1964年)シンザンヒンドスタンボワルセル系セントサイモン系
第34回(1967年)アサデンコウシーフュリュープリンスローズ系セントサイモン系
第37回(1970年)タニノムーティエムーティエプリンスローズ系セントサイモン系
第41回(1974年)コーネルランサーセダンプリンスローズ系セントサイモン系
第42回(1975年)カブラヤオーファラモンドプリンスローズ系セントサイモン系
第45回(1978年)サクラショウリパーソロントウルビヨン系ヘロド系
第49回(1982年)バンブーアトラスジムフレンチリボー系セントサイモン系
第51回(1984年)シンボリルドルフパーソロントウルビヨン系ヘロド系
第58回(1991年)トウカイテイオーシンボリルドルフトウルビヨン系ヘロド系
ⓒ 2021 The Eternal Herod

若い方であれば、父子二代ダービー制覇のトウカイテイオー/Tokai Teioやシンボリルドルフ/Symboli Rudolfの名前に聞き覚えがある程度ではないだろうか。もし、わが国初の五冠馬となったシンザン/Shinzanまでもご存知だとしたら、なかなかに深い知識をお持ちだと思う。

しかしながら、この中でイチ推しの名馬を一頭選べと言われれば、それはヘロド系初のダービー馬をおいて他にあるまい。実は、これが言いたくて冒頭の写真を選んだのだが、意図に気づいていただけただろうか。この銅像のモデルこそは戦後のわが国に現れた”幻の馬”、トキノミノル/Tokino Minoruである!

幻の馬

トキノミノルは、1948年、輸入種牡馬セフト/Theft(1932年)と、母第弐タイランツクヰーン(だいにたいらんつくいーん)の間に生まれた。父セフトは、ヘロドの優秀な息子ウッドペッカー/Woodpecker(1773年)から数えて12代目の子孫にあたり、まだら模様の超特急ザテトラーク/The Tetrarch(1911年)を祖父に持つ英国産馬である。

セフトは、現役時代に大レースを勝つことができなかったがゆえに軽んじられ、わが国に売り渡されたようなものだが、当時としては別段おかしなことではなかった。そもそも、欧州に比べて立ち遅れていたわが国は、英国ダービー馬のようなホンモノを輸入する力がなかった。そのため、競走成績が二線級の馬や、欧州では成績が上がらなかった種牡馬に頼りながら地道にレベルアップを図り、競走馬の質を高めていったのである。

さて、来日したセフトは素晴らしい能力を発揮し、1947年以降は5年連続でリーディングサイアー(首位種牡馬)に輝いている。この最中に誕生したトキノミノルは、デビュー当時は「パーフェクト」という馬名を与えられていた。ところが、初戦をレコードタイムでぶっちぎって優勝したため、急遽、馬主である永田雅一氏の念願が叶う「時が来た」という意味を込めた「トキノミノル」に改名された。

当時は競走馬の名前を変更することが許されていたためこの荒業が通ったのだが、トキノミノルは引退までに10戦10勝、ただの一度も負けなかったため、改名できなかったとしても名前負けする恐れはなかった。この戦績の中には、現在の2歳馬の最強決定戦朝日杯フューチュリティステークス(当時は朝日盃三歳ステークス)や、3歳クラシック競走の皐月賞、そして日本ダービーが含まれている。

これほどの一流馬の事績が見過ごされがちであることには、やむを得ない理由がある。トキノミノルはデビュー以来ライバルを寄せ付けず、9戦9勝の成績でクラシック競走の一冠目である皐月賞を楽勝するが、その直後に脚部不安が発生。暗雲立ち込める中でスタートを切った日本ダービーでは故障を恐れて消極的なレース運びに終始するも、結局は能力の違いを見せて二冠目を制する。ところが、勝利の余韻も醒めやらぬうちに病に侵され、ダービー制覇から半月後に死去してしまうのである。

その早すぎる死を惜しむ声の中に、本馬を「幻の馬」と呼んだものがあり、今日までこの通り名が残っている。もし、トキノミノルが無事に引退して種牡馬になり、後世に素晴らしい能力を伝えていたら、わが国の競馬史はどのように変わっていただろうか。

トキノミノル 1948年(日)
10戦10勝 クラシック二冠
セフトテトラテマ
ヴォルーズ
第弐タイランツクヰーンソルデニス
タイランツクヰーン
父系に関する注釈
ⓒ 2021 The Eternal Herod

ダービー馬はダービー馬から

かつて、ある競走馬がダービーに勝つことは、ただ馬主の名誉欲を満たすだけではなく、その時代の主役になることを意味していた。実際に、英国では、ダービー馬の馬主になりたければダービー馬の血を継いだ産駒を生産することが一番の早道だとされ、ダービーステークスの優勝馬こそ名馬・名種牡馬であると崇められていた時代もあったのだ。

これは「ダービー馬はダービー馬から」という格言で知られているが、ゲームの世界にも影響を与えている。たとえば、コーエー社の競馬シミュレーションゲーム「Winning Post」シリーズでは、ある特定の条件で自分が所有する牝馬にダービー馬を種付けすると、その産駒で親子二代ダービー制覇を狙いに行くようなイベントが用意されている。

そうと分かれば、日本ダービーの歴代優勝馬の父が気になってくるのではないだろうか。昨年まで、日本ダービーは87回開催されているが、その優勝馬のうち父もダービー馬だったというケースは14回を数える。とりわけ、直近の10年間は、第71回日本ダービーの優勝馬キングカメハメハ/King Kamehamehaと、第72回の優勝馬ディープインパクト/Deep Impactの産駒が10回中8回も優勝しており、「ダービー馬はダービー馬から」の格言通りの状況になっている。

開催優勝馬父(ダービー馬)子系統親系統
第14回(1947年)マツミドリカブトヤマキングファーガス系エクリプス系
第21回(1954年)ゴールデンウエーブミナミホマレブランドフォード系エクリプス系
第25回(1958年)ダイゴホマレミナミホマレブランドフォード系エクリプス系
第58回(1991年)トウカイテイオーシンボリルドルフトウルビヨン系ヘロド系
第74回(2007年)ウオッカタニノギムレットヘイルトゥリーズン系エクリプス系
第76回(2009年)ロジユニヴァースネオユニヴァースサンデーサイレンス系エクリプス系
第79回(2012年)ディープブリランテディープインパクトサンデーサイレンス系エクリプス系
第80回(2013年)キズナディープインパクトサンデーサイレンス系エクリプス系
第82回(2015年)ドゥラメンテキングカメハメハミスタープロスペクター系エクリプス系
第83回(2016年)マカヒキディープインパクトサンデーサイレンス系エクリプス系
第84回(2017年)レイデオロキングカメハメハミスタープロスペクター系エクリプス系
第85回(2018年)ワグネリアンディープインパクトサンデーサイレンス系エクリプス系
第86回(2019年)ロジャーバローズディープインパクトサンデーサイレンス系エクリプス系
第87回(2020年)コントレイルディープインパクトサンデーサイレンス系エクリプス系
ⓒ 2021 The Eternal Herod

“幻の馬”トキノミノルがキングカメハメハやディープインパクトほどの支配力を発揮できたとは限らないが、何と言っても当時としては規格外の能力で同期のライバルを圧倒した名馬である。もしダービー馬トキノミノルが健在であれば、その子孫が大いに発展し、現代でもわが国にヘロド系の一大勢力を築いていたかも知れない。

最後は宣伝になってしまうが、コーエー社の最新作Winning Post 9 2021は1980年代まで遡って馬主生活を疑似体験し、独自の血統構築を楽しめる。さすがにトキノミノルの年代は無理だが、1980年代ならばリボー系のバンブーアトラス/Bamboo Atlasや、皇帝シンボリルドルフらも現役種牡馬として活躍している。こうした英傑を所有馬にして、ヘロド系再興を目指すのも血統ファンならではの楽しみ方ではないだろうか。

※Wining Post 9 2021はWindows® (Steam®)、PlayStation®4およびNintendo Switch™版が販売されている。

私たちがいる限り、ヘロド系は終わらない。
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