四半世紀前の父系に想いを馳せて

旧式のランプ

時には絶滅寸前のヘロド/Herod系の惨状から目を背け、希望に溢れた時代を振り返りたくなることもあるだろう。しかし、そうしてこの系統の足跡を探し始めると、もどかしさを感じることがある。わが国をはじめとする競馬団体やマスメディア、熱意溢れる血統ファンや競馬ファンが公開している資料やブログ記事などは、個々の名馬や名種牡馬の活躍を鮮明に伝えてくれる。ところが、そうした資料から数十年前の世界に君臨していた主流血統を探り、ヘロドの子孫をめぐる勢力図を把握しようとすると案外難しい。むろん、過去の記録を手当たり次第に調べれば全容を掴むことは可能なのだが、より気軽に当時の世界を訪ねられたら面白いのではないだろうか。

簡単に思いついたところで、ゲームの世界を覗いてみることにしよう。今から四半世紀前の1995年、名作と名高い競馬シミュレーションゲーム「ダービースタリオンIII」がアスキー社から発売された。これは非常に有名なゲームなので説明するまでもないかも知れないが、プレイヤーは馬産家として自己の牧場や繁殖牝馬を所有し、多種多様な種牡馬と交配させ、自家生産馬を調教して名だたる大レースに挑戦するというのが基本的なコンセプトである。この頃はまだ現役もしくは引退直後の騎手や競走馬の実名を使うことができなかったためか、ミスターG1滝騎手とか、地方競馬出身のアイドルホース・アグリキャップとかいったような実在の人や馬に似せた名前が使われていた(なぜか種牡馬に限っては実名登録されているのだが)。

さて、このゲームで採用されていた種牡馬はどんなものだったのだろう? 国内で最も高い種付料(2,000万円)を設定されていたのはノーザンテースト/Northern Tasteだった。そして、種付料1,500万円の評価でリアルシャダイ/Real Shadaiとサンデーサイレンス/Sunday Silenceの2頭が続く。この後、トニービン/Tony Bin、ブライアンズタイム/Brian’s Time、シンボリルドルフ/Symboli Rudolf、マルゼンスキー/Maruzenskyまでが種付料1,000万円以上の高額種牡馬となっている。後にわが国の競馬界を制圧するサンデーサイレンスの格付けが3番手というところには時代を感じてしまう。

別の視点で見れば、ノーザンダンサー系が2頭(ノーザンテースト、マルゼンスキー)、ヘイルトゥリーズン系が3頭(リアルシャダイ、サンデーサイレンス、ブライアンズタイム)、グレイソヴリン系のトニービン、そしてヘロドの直仔ウッドペッカー/Woodpeckerの血を引くパーソロン/Partholonの息子シンボリルドルフという区分になるので、当時のわが国におけるヘロド系の存在感が良くわかるだろう。言わずと知れた七冠馬シンボリルドルフは、わが国史上最もドラマチックなG1馬トウカイテイオー/Tokai Teio(皐月賞、ダービー、ジャパンカップ、有馬記念)を輩出した後なので、種牡馬としての評価が非常に高いことも頷けよう。

ところで、ゲームに登場するヘロドの末裔は、他にはどんな馬がいただろうか。ルドルフに比べれば種付料は割安だが、320万円の評価でビゼンニシキ/Bizen Nishikiが登場している。ビゼンニシキは、ヘロド系の最後の綱トウルビヨン/Tourbillonの系譜に属し、フランスからの輸入種牡馬ダンディルート/Dandy Luteを父に持つ。このダンディルートは、フランスの名種牡馬リュティエ/Luthierの息子だが、それだけではない。ダンディルートの母ダンレリック/Dantrelicもマイバブー/My Babuを経由するトウルビヨンの末裔であり、この時代のわが国で活躍したリュティエとマイバブーの両方の血を引くトウルビヨン系の結晶なのだ。

そのビゼンニシキは、デビューシーズンは3戦無敗、クラシックレースの前哨戦も3勝して才能を見せつけたが、シンボリルドルフの同期だったことが災いし、本番のG1競走では栄冠を掴むことができなかった。しかし、種牡馬入り後はダイタクヘリオス/Daitaku Heliosなど4頭の重賞馬を送り出す活躍を見せ、ゲームの世界でも“持続するスピードが持ち味”との寸評を得ている。ちなみに、1991年と1992年のマイルチャンピオンシップ(G1)を連覇したダイタクヘリオスは、息子のダイタクヤマト/Daitaku Yamatoも2000年のスプリンターズステークス(G1)を制して種牡馬入りし、親子三代でヘロドの血を残すために奮闘したが、ついに実らなかった。

ビゼンニシキ 1981年(日)
10戦6勝 NHK杯(G2)
ダンディルートリュティエ
ダンレリック
ベニバナビゼンミンスキー
カツハゴロモ
父系に関する注釈
ⓒ 2021 The Eternal Herod

ちなみに、ビゼンニシキと同じリュティエ系からは、直仔ノーリュート/No Lute、トウショウボーイ/Tosho Boyの半弟トウショウルチェーらも登場している。

ここで、シンボリルドルフと同じパーソロン系の種牡馬に目を転じてみよう。高額種牡馬ルドルフの次に来るのは、種付料300万円評価のメジロティターン/Mejiro Titan。次いでウィンザーノット/Windsor Knot、ダービー馬サクラショウリ/Sakura Shori、サクラサニーオー/Sakura Sunny Oといったメンバーが揃う。メジロティターンを除く4頭は、すべてパーソロンの直仔である。

ここで見逃せないのはメジロティターンである。この馬は、父メジロアサマ/Mejiro Asama、息子メジロマックイーン/Mejiro McQueenと父子三代で天皇賞を制した名血である。ゲームでもむろん”ばりばりのステイヤー血統”で、”古馬になってから本格化する晩成型”との評価を与えられている。1995年当時の状況は、同馬の最良の息子マックイーンが菊花賞、天皇賞(春)連覇、宝塚記念と4つのG1レースを制した後、故障のため1993年の晩秋に引退、種牡馬入りした頃である。史実のティターンは、マックイーンの活躍もあって人気を集めたが、結局これ以上の成功を収めることはなかった。息子のマックイーンも種牡馬としては期待外れに終わるのだが、メジロアサマから数えて4代目となる息子のギンザグリングラス/Ginza Green Grassが今なお現役種牡馬として活動しており、わが国においてかろうじてヘロドの命脈を保つ役割を担っている。

メジロティターン 1978年(日)
27戦7勝 天皇賞(秋)(G1)
メジロアサマパーソロン
スヰート
シエリルスノッブ
シャネル
父系に関する注釈
ⓒ 2021 The Eternal Herod

長くなるので自重しようと思ったが、メジロティターンの血統についても一点だけ紹介したい。メジロティターンの父メジロアサマの父方はもちろん、母方のスヰート/Sweet Sixteenにもウッドペッカーの血が入っていることに気づいていただけただろうか。このスヰートだが、血統表を4代遡った先に現れる種牡馬はなんと、トウルビヨンを経由しない貴重な血筋ザテトラーク/The Tetrarchである。ザテトラークは全身が奇抜なまだら模様に包まれた馬だったが、とんでもないスピードで短距離レースを7戦7勝。ほとんどのレースでライバルをぶっちぎり、芦毛革命を巻き起こした異端児だった。このように、ヘロドの血を色濃く持つメジロ一族がわが国で躍動していた時代があるとは実に嬉しいことである。

以上、リュティエ、パーソロンとトウルビヨンの系譜に属する種牡馬ばかり見てきたが、別報の通り、19世紀末に現れた偉大なる名種牡馬セントサイモン/St. Simonの末裔もヘロドの血族である。そこで、セントサイモンの勢力についても確認していきたい。

ダービースタリオンIIIにおけるセントサイモン系の最高額種牡馬は、リボー系の海外馬プレザントコロニー/ Pleasant Colonyであり、種付料は堂々の1,500万円である。国内最高額の種牡馬は、同じくリボー系のバンブーアトラス/ Bamboo Atlasで380万円。それに続くのはボワルセル系の末裔ミホシンザン/Miho Shinzanとリボー系のアレミロード/Allez Milord。次いでプリンスキロ系のアーティアス/Artaius、プリンスビオ系のカブラヤオー/Kaburaya O、プリンスシュヴァリエ系のメジロイーグル/Mejiro Eagleらがこれに続く。そして最後を固めるのは、ボワルセル系の格安種牡馬の2頭レシテイション/Recitationとアンドレアモン/Andre Amonだった。

世界的にも滅亡寸前、最後の種牡馬デーモンウォーロック/Demon Warlockの引退と同時に消え去ると言われるボワルセル直系の名前が3頭も含まれるばかりか、プリンスローズ/Prince Roseを祖とする三大血統が顔を揃える豪華な布陣には感動すら覚える。さらに、リボー系の子孫もまた、国内外で大きな存在感を示していたのだ。

さて、ヘロドとセントサイモンの子孫を見つけて喜んでいるだけでは大局を見失うので、この時代の全体像についてもお知らせしたい(当然ゲームの話ではあるが)。ダービースタリオンIIIに登録されている種牡馬は国内114頭、海外14頭である。その血統を並べれば、以下の通りとなっていた(数え間違いがあるかも知れないが、ご容赦願いたい)。

  • ノーザンダンサー系:41頭(代表馬:ノーザンテースト)
  • ヘイルトゥリーズン系:7頭(代表馬:リアルシャダイ)
  • プリンスリーギフト系:7頭(代表馬:サクラユタカオー)
  • レイズアネイティヴ系:7頭(代表馬:ウッドマン)
  • ボールドルーラー系:7頭(代表馬:スルーオゴールド)
  • ネヴァーベンド系:7頭(代表馬:ミルジョージ)
  • グレイソヴリン系:6頭(代表馬:トニービン)
  • パーソロン系:5頭(代表馬:シンボリルドルフ)
  • リュティエ系:3頭(代表馬:ビゼンニシキ)
  • リボー系:3頭(代表馬:プレザントコロニー)
  • ボワルセル系:3頭(代表馬:ミホシンザン)
  • プリンスローズ系:3頭(代表馬:アーティアス)
  • レッドゴッド系:3頭(代表馬:レインボウクエスト)
  • オーエンテューダー系:3頭(代表馬:ホスピタリティ)
  • その他(ハイペリオン系、サーゲイロード系など):23頭

ノーザンダンサー系は、ノーザンテースト系やニジンスキー系などの子系統も含めた数字だが、圧倒的な数の種牡馬が登場している。しかし、それを除けば5頭~7頭程度の種牡馬を擁する系統が7つ、3頭の系統が6つと群雄割拠の様相を呈している。われらがヘロド系もパーソロン系からプリンスローズ系まで合わせれば17頭もの種牡馬が登場しており、ノーザンダンサーに続く主流血統になれるチャンスは十分に残されていたのだ。

今回も長文となってしまったが、最後までお付き合いくださった方には少しでも興味深い内容になっていれば幸いである。なお、本稿を執筆するにあたり、ダービースタリオンIIIの書籍を引っ張り出してきたので、こちらを紹介して締めさせていただきたい。

私たちがいる限り、ヘロド系は終わらない。
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