貴公子の寵児:ドゥーナデン/Dunaden

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生涯

競走成績

ドゥーナデンは幸運に恵まれた馬だった。当歳時のセールではたったの1,500ユーロで売り出されたが、フランスで燻っていたところを若きアラブの貴公子シェイク・ファハド・アル・タニに見出され、世界中のレースで活躍した。それどころか、シェイク・ファハドの元で種牡馬入りし、馬主や生産者に魅力的なインセンティブとともに夢見るひと時を提供したのである。

ドゥーナデンは、英国およびイタリアのG2レースを2勝した父ニコバー/Nicobarと未出走の母ラマルリア/La Marliaから2006年に生まれた。ニコバーは、現在では直系子孫がほとんど断絶した18世紀の偉大な種牡馬ヘロドの末裔だったが、それは何のセールスポイントにもならなかった。ドゥーナデンは、近親に目立った活躍馬がなく、ほとんど注目されなかった [1]。当初、ドゥーナデンは、オランダ人のオーナーJetty van der Hulstの元で堅実に走り、フランスでいくつか勝ち星を挙げたが、重賞レースとは縁がなかった。その後、ドゥーナデンはオランダ人の手を離れ、シェイク・ファハド率いるパールブラッドストックに売却された。ところが、ドゥーナデンは、この二十歳そこそこの若者とフランス人調教師ミケル・デルザングルの元で大きく飛躍することになる [2]。

ドゥーナデンは、5歳になった2011年の春にバルブヴィユ賞(仏G3)で初めて重賞勝ちを収めると、秋冬シーズンにはメルボルンカップ(豪G1)と香港ヴァーズ(香G1)を立て続けに勝利してシェイク・ファハドを大いに喜ばせた。シェイク・ファハドは2010年に立ち上げたパールブラッドストックとともに競馬界に参入したばかりだったが、2年目にして早くも結果を出すことに成功した [1,3]。その後、ドゥーナデンは欧州、豪州、アジア、中東の各地に遠征し、8歳の春先まで走り続けた。この世界遠征には、2013年に参戦したジャパンカップ(5着)も含まれる。結局、香港での勝利の後は6歳時にコーフィールドカップ(豪G1)を獲得しただけに留まったが、世界の著名なG1レースで度々優勝馬に肉薄し、シェイク・ファハドとそのファミリーを夢中にさせた [2]。

種牡馬として

引退したドゥーナデンは、3,000ポンドという格安の種付料を設定され、英国のオーバーベリースタッドで種牡馬入りした。そのとき、シェイク・ファハドは、このお気に入りの馬のためにドゥーナデンクラブを立ち上げた [4]。そして、ドゥーナデンの初年度産駒が2歳と3歳シーズンのレースで勝ち星を挙げれば馬主と生産者にインセンティブを支払うこと、英国、アイルランドおよびフランスの2歳もしくは3歳のステークス競走に勝利したドゥーナデン産駒の生産者には、1回限り25,000ポンドの賞金を進呈することなどを発表し、ドゥーナデンファミリーの拡大を目論んだ。この若き成功者は、自らがドゥーナデンを通じて得た喜びや興奮を、競馬に係る多くの人々とともに楽しみたいと考えたのだった。

ドゥーナデンが絶滅寸前のヘロド直系の血を引く馬だった事実が、シェイク・ファハドにどのような印象を与えていたかは分からない。彼のメッセージの中に、とりわけヘロド系の再興を願う言葉は見つけられなかった。しかし、ヘロドの血統を追う者にとっては、ドゥーナデンの活躍は希望の光だった。ドゥーナデンファミリーの拡大が、ヘロド復権の足掛かりになる可能性は確かにあったのだから。

ところが、2019年の春、ドゥーナデンの旅は突然終わってしまった。ドゥーナデンは繋養先のオーバーベリースタッドで事故に遭い、その後の合併症で死去した [2]。ドゥーナデンの産駒は2018年にデビューしたばかりであり、シェイク・ファハドとドゥーナデンの挑戦はまさにこれからというところだった。

ドゥーナデンが遺した産駒からは、英国のリステッド競走を制したランチハンド/Ranch Handをはじめ、ジャストハバート/Just Hubert、パールウォリアー/Pearl Warriorらが複数のレースに勝っている。しかし、彼らはすべて去勢馬であり、ドゥーナデンの後を継ぐ資格はない。この土壇場でもまだヘロド系の復興に懸けるのなら、残された牡馬や未出走の産駒から、父を超える活躍馬が出ることを期待するほかないのである。

系譜(トウルビヨン-インディアンリッジ系)

ドゥーナデン 2006年 仏
46戦10勝:メルボルンカップ(豪G1)
ニコバーインディアンリッジ
link
ダッチェスオブアルバ
ラマルリアカルドゥネヴェ
ラロタンダ
父系に関する注釈
ⓒ 2021 The Eternal Herod

参考文献

[1] J. Holloway and Bloodlines, Cup win won’t keep Redoute’s Choice down, The Sydney Morning Herald, November 4, 2011.
[2] J. Thomas, Melbourne Cup hero Dunaden dies at 13, BloodHorse, May 1, 2019.
[3] https://www.qatarracingltd.com/about/pearl-bloodstock/
[4] Sheikh Fahad launches Dunaden Club, The Owner Breeder, October 17, 2014.

私たちがいる限り、ヘロド系は終わらない。
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