古の系譜を継ぐ者:ラヴコンカーズオール/Love Conquers All

ハート形の機械時計
目次

生涯

セントサイモンの末裔

19世紀末に登場し、サラブレッドの歴史を変革した偉大なる名馬セントサイモン/St. Simon。その功績はサラブレッド創成期の英雄エクリプス/Eclipseにも比肩され、人々は畏敬の念を込めてこの馬を「エクリプスの再来」と呼んだ。

だが、セントサイモンが去って110年後の未来。サラブレッドの起源を探る遺伝学者たちの手によって、この名馬の血統に疑義をさしはさまれる事態となっている [1]。その詳細は末尾の関連記事をご覧いただくとして、学者たちの要点は、セントサイモンはヘロド/Herodの子孫なのではないか、ということである。

サラブレッド創成期、ヘロドとその子孫は英雄エクリプスすらも圧倒し、強大なヘロド王朝を築き上げ、わが世の春を謳歌した。しかし、21世紀の今、ヘロドの直系子孫はことごとく衰退し、もはや滅びを待つだけの状況に落ちぶれている。したがって、もしセントサイモンがヘロドの子孫であることが確定すれば、「エクリプスの再来」とも呼ばれたこの名馬は「ヘロドの再来」と称するべきであり、セントサイモン系の残存勢力がヘロド再興を果たすとの期待が膨らむのは自然の成り行きだった。

しかし、皮肉にも、あれほどの栄華を誇ったセントサイモン系もまたほとんどの直系子孫が壊滅し、21世紀の現代では死に体になっている。本稿に記載するラヴコンカーズオールは、セントサイモン系に残されたほとんど最後の有力馬の一頭である。

競走成績

ラヴコンカーズオールは、父モスマン/Mossman、母シーイズアミーニィ/She’s A Meanieより2006年に豪州で生まれた。蛇足だが、モスマンの母ライカンレディ/Lichen Ladyは、祖父がリュティエ/Luthierであり、トウルビヨン/Tourbillonを経由するウッドペッカー/Woodpeckerの血を引くヘロド系である。

さて、ラヴコンカーズオールの系統だが、祖先を遡れば北米リーディングサイアー、プリンスキロ/Princequillo、その父プリンスローズ/Prince Roseへと辿り着くステイヤーの家系である。しかし、ラヴコンカーズオールの祖父サクセスエクスプレス/Success Expressはブリーダーズカップ・ジュヴェナイル(米G1)を勝つなどマイル路線で活躍し、豪州で種牡馬入りした後は概ね中距離以下で活躍するG1馬、重賞馬を送り出した。モスマンの代に下ると、活躍馬のほとんどはマイル以下の短距離に偏るようになり、ラヴコンカーズオールも父のスピードを受け継いで短距離を主戦場とした。

2歳シーズンを迎えたラヴコンカーズオールは、ローズヒルガーデンズ競馬場で初陣を迎えたが、なんとこれは豪G2競走のシルバースリッパーステークスだった。重賞レースでデビューした新馬と言えば、わが国にもヘヴィータンク/Heavy Tankという競走馬がいるが、皐月賞トライアルレースの弥生賞(G2)に出走して最下位に大敗、その余韻も冷めやらぬうちに引退するという奇行を演じ、関係者の度肝を抜いた [2]。この手の話は諸外国でも時折起きており、たとえば伝統ある英国ダービーに未勝利馬が出走登録してきたことで物議を醸し、最低限の力がない馬は英国のG1レースに参加させないとするルールを新たに導入する羽目になったりしている [3]。

しかし、ラヴコンカーズオール陣営は、初戦が豪G2でも勝つ見込みがあると判断していたらしい [4]。結果的にこの読みは大外れとなり、本馬は最下位を免れるのが精一杯の7着に敗れた。レース後の動静は定かではないが、ともかく7か月後にランドウィック競馬場に戻ってきたラヴコンカーズオールは初勝利を挙げ、翌月にはリステッド競走のブライアンクロウリーステークスにも勝っていることから、まったくの無謀というわけではなかったようである。

続いて挑戦したクールモアスタッドステークス(豪G1)では歯が立たず9着に敗れるが、その後は再びリステッド競走を含む3勝を挙げて波に乗ると、4歳シーズンの開幕直後に開催された1,200メートルのミサイルステークス(豪G3)を勝って重賞馬の仲間入りをした [5]。その後は短距離からマイル重賞の常連になり、G1競走では3戦連続で2着になるなどあと一歩が届かないもどかしい戦績を刻むものの、5歳シーズンにはザショーツ(豪G2)を含む短距離重賞2勝を挙げて24戦8勝、快速馬としての評価を背に種牡馬入りした。

種牡馬として

ここで、ラヴコンカーズオールが種牡馬になった背景を補足したい。本馬の父モスマンにはG1競走7勝の代表産駒バッファリング/Bufferingをはじめとする有力馬が何頭か存在した。ところが、ラヴコンカーズオール以外の8頭の重賞勝ち馬はすべて去勢されており、モスマンの跡を継ぐことができなかった [6]。こうして、G1勝ちの勲章がないラヴコンカーズオールが押し出されるように後継者になったわけだが、種牡馬としては素質があった本馬は2016年の豪州の新種牡馬ランキングで2位につける上々のスタートを切った [7]。

近年の豪州リーディングサイアーランキングを見れば、ラヴコンカーズオールは118位(2017年)、51位(2018年)、54位(2019年)、40位(2020年)と推移し、じりじりと順位を上げてきている。既に、BCRスプリント(豪G3)やジョージムーアステークス(豪G3)の勝ち馬アイムアリッパ/Im’ a Rippa、デインリッパーステークス(豪G2)を制したラヴユールーシー/Love You Lucy、アンガスアルマナスコステークス(豪G2)をはじめ重賞4勝を挙げたサバンナアムール/Savanna Amourらが登場しており、G1馬の誕生を予感させる成績となっている。

ラヴコンカーズオールの種牡馬成績は期待を上回るものだが、父モスマンの場合と同様、産駒の去勢率は高くなると想像できるため、後継者を出すことは見た目の好調さに比べて難しいと思われる。しかし、だからといってこの馬の活躍を応援してはいけない理由にはなるまい。ラヴコンカーズオールらセントサイモン系はまだヘロド系だと決まったわけではないが、そうである可能性を心に抱きつつ、数少ないヘロド系復権の新たな担い手として子孫を拡大していくことを期待するものである。

系譜(セントサイモン-プリンスキロ系)

ラヴコンカーズオール 2006年(豪)
24戦8勝 ザショーツ(豪G2)
モスマンサクセスエクスプレス
ライカンレディ
シーイズアミーニィプリンスサリエリ
シェカンウィン
父系に関する注釈
ⓒ 2021 The Eternal Herod

参考文献

[1] B. Wallner et al., Y chromosome uncovers the recent oriental origin of modern stallions, Curr. Biol., 2017, 27, 2029-2035.
[2] ヘヴィータンクが引退、弥生賞で異例の重賞デビューも…, netkeiba.com, March 8, 2018.
[3] D. Harvey, New Minimum Rating Requirements, TDN Europe, August 14, 2017.
[4] https://www.ttsc.com.au/horse/lucky-clover-to-love-all/
[5] Love Conquers All Wins The 2010 Missile Stakes Defeating Danleigh, Raced.com.au, August 7, 2010.
[6] J. P. Sparkman, Sparkman: End of the line for Princequillo?, Daily Racing Form, November 18, 2013.
[7] D. Bay, Love Conquers All, Bluebloods, November 2016.

関連記事

私たちがいる限り、ヘロド系は終わらない。
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次