<4>追跡:バイアリーターク系、そしてゴドルフィンアラビアン系の正体

石造りのアーチと水路

前回に続き、バーバラ・ウォルナー博士らの研究成果より、われらがヘロド系とマッチェム系のサイアーラインの再構築結果を眺めてみたい [1]。もはや当たり前のようにバイアリーターク系=ヘロド系、ゴドルフィンアラビアン系=マッチェム系と変換して記載しているが、個人的趣味によるところなのでご容赦願いたい。ダーレーアラビアン系の興味深い再構築結果は以前紹介しているので、そちらもぜひご覧いただきたい。

では早速、ヘロド系のサイアーラインから見ていこう。このサイアーラインは、ヘロド系の子孫とされる馬22頭の遺伝子解析の結果から再構築されたものである。

バイアリーターク系のサイアーラインの再構築結果
Y染色体ハプロタイプの系統解析に基づくバイアリーターク父系の再構築結果(Wallerら, 2017を基に作成)

バイアリーターク/Byerley Turkの生年は諸説あるが、ここでは1680年とされている。むろん、その4代後の子孫ヘロド/Herod(1758年)が最も重要で、ここからフロリゼル/Florizel(1768年)、ウッドペッカー/Woodpecker(1773年)、ハイフライヤー/Highflyer(1774年)の3頭に分岐する。最上部のハイフライヤー系は、サーピーターティーズル/Sir Peter Teazleを経由するウォルトン/Walton(1790年)とハプハザード/Haphazard(1797年)の後継へと繋がっている。サラブレッドの父系としてはサーポール/Sir Paul(1803年)の系統も重要だが、残念ながらウォルナー博士らが再構築したサイアーラインには記載がなかった。

知られている通り、ハイフライヤー系はサラブレッドの父系としては既に断絶しており、ウォルトンやハプハザードの後継はセルフランセ種やスタンダードブレッド種などの非サラブレッドである。現代まで生き残っているのは図中央部のウッドペッカーの後継で、バザード/Buzzard(1787年)からセリム/Selim(1802年)へと続くラインがトウルビヨン/Tourbillon(1928年)に繋がり、ジェベル/Djebel(1937年)からクラリオン/Clarion(1944年)に分岐する系統がかろうじて命脈を保っている。ウッドペッカーからカストレル/Castrel(1801年)に分岐したグループは残念ながら断絶しており、図に記載があるのはすべてアングロアラブ種である。

とはいえ、ハイフライヤーやウッドペッカーの子孫はほとんどが同じハプロタイプ(Tb)を持っており、カストレルからアングロアラブ種に分岐したグループの一部が持つハプロタイプ(Tb-r)もTbからの突然変異と考えられるようだ。そのため、彼らの先祖ヘロドやバイアリータークはTbを持っていたと推定される。

一方、図下部のフロリゼル系では異変が起きている。フロリゼル系もまたサラブレッドの父系としては断絶しているが、アメリカンクォーターホース種では大きな影響力がある。ところが、この系統に属する馬はTbではなく、ダーレーアラビアン/Darley Arabianからバートレットチルダーズ/Bartlet’s Childersに流れる系譜のうち非エクリプス系の子孫が持つTb-d、あるいはマッチェム/Matchemの系統に多いTb-g系の遺伝子を持っていることが判明したのだ。この点について、ウォルナー博士らの考察がないため、現時点で深追いすることは避けたい。しかし、もし遺伝子解析の結果が正しいとすれば、「フロリゼルの子孫」としてサンプルにした馬の血統が誤っていたと考えるのが自然だろうか。

続いて、マッチェムの系譜を確認しよう。

ゴドルフィンアラビアン系のサイアーラインの再構築結果
Y染色体ハプロタイプの系統解析に基づくゴドルフィンアラビアン父系の再構築結果(Wallerら, 2017を基に作成)

左端のゴドルフィンアラビアン/Godolphin Arabian(1724年)を起点に、孫のマッチェム(1748年)から勢力が拡大する。マッチェムの玄孫コマス/Comus(1809年)から二手に分かれるが、上部のプロテクター/Protector(1831年)の系譜はサラブレッドではなく、ハノーバー種に繋がっている。すると下部に流れるハンフリークリンカー/Humphrey Clinker(1822年)の系統が重要だが、子のメルボルン/Melbourne(1834年)から分岐した子孫はすべてTb-g2のハプロタイプを持っている。先ほどのハノーバー種の一部もTb-g2もしくはTb-g3を持っているので、マッチェムやゴドルフィンアラビアンもまたこの系統の遺伝子を持っていたと推定される。ただし、ウォルナー博士らは、マッチェムの子孫として採取できたサンプル数が7頭にすぎなかったため、エクリプスやヘロドほど確信をもって推定することができなかった。

なお、ご存知のように、マッチェムの系譜では米国の英雄マンノウォー/Man O’ War(1917年)の系統が最も重要である。マンノウォーは、メルボルンの子ウェストオーストラリアン/West Australian(1850年)の5代目の子孫にあたるが、残念ながらウォルナー博士らの研究には含まれていなかった。今後の調査に期待したい。

一方、プロテクターからハノーバー種に伸びた系譜のうち、ファーディナンド/Ferdinand(1941年)の後継はエクリプスからホエールボーン/Whaleboneを経由するサラブレッドが持つハプロタイプと同系列のものだった。こちらについても、ウォルナー博士らはサイアーラインの「エラー」だと述べるに留まっているが、どこかの時点で血統書の間違いが生じたのかも知れない。

参考文献
[1] B. Wallner et al., Y chromosome uncovers the recent oriental origin of modern stallions, Curr. Biol., 2017, 27, 2029-2035.

私たちがいる限り、ヘロド系は終わらない。
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