伝説の終章:パールシークレット/Pearl Secret

夕日の草原を歩く馬
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生涯

馬自身がそれを知るはずもないが、数多の名馬たちに紡がれてきたヘロド系の最後の糸を引く者は、この馬であるかも知れない。

今を生きるサラブレッドの祖先を遡れば、17世紀後半から18世紀前半に生きた三頭の種牡馬に辿り着く。すなわち三大始祖、バイアリーターク/Byerley Turk、ダーレーアラビアン/Darley Arabian、そしてゴドルフィンアラビアン/Godolphin Arabianである。バイアリータークは、その最古の一頭であり、優れた軍馬および競走馬としての資質を持っていた。バイアリータークの血は、18世紀に現れた稀代の名種牡馬ヘロド/Herodを通じて黎明期のサラブレッドに浸透、やがて世界中に拡散したが、その末裔たちは、時を経てダーレーアラビアンの玄孫エクリプス/Eclipseの子孫との競争にことごとく敗れ、衰退していく。ヘロド系最後の巨星インディアンリッジ/Indian Ridgeが2006年に、その後継種牡馬コンプトンプレイス/Compton Placeが2015年に死去すると、柱石を失った血族ははっきりと滅亡に向かい始めた。今や、欧州、米国、日本そして豪州などの主要国にヘロド系の存在感はまるでなく、安価な種付料でそこそこ走る産駒を出す格安種牡馬が数頭残るのみである。

パールシークレットも、そのような格安種牡馬の一頭である。コンプトンプレイスの息子パールシークレットは、現役時代は5ハロン(約1,000メートル)の直線コースで争われるテンプルステークス(英G2)を制したほか、2つのリステッド競走にも勝利した [1]。G1競走の舞台では3着止まりだったが、7歳まで走り、26戦7勝の成績を残した。引退後、パールシークレットは、4,000ポンドの種付料で英国グロスターシャーのバックランドファームで種牡馬入りした [2]。その後、ウスターシャーのチャペルスタッドに移り、種牡馬生活を続けている。2021年現在の種付料は3,000ポンドである [3]。(注:2021年3月、ノース・ヨークシャーのノートングローブスタッドへの移籍が発表された。)

本馬の父コンプトンプレイスは多数の活躍馬を輩出したが、2頭のG1優勝馬はいずれもセン馬であり、他に種牡馬入りした息子たちも成功しなかった。そのため、事実上、ヘロド系再興の最後の希望となったパールシークレットの動向には、それなりの注目が集まっている。

2020年7月、レーシングポスト紙は、パールシークレットの息子ディスコビーツ/Disco Beatsが同国北部のマッセルバラ競馬場で行われたレースで初勝利を挙げたことを伝えた [4]。ディスコビーツは、父パールシークレットのみならず、母インディゴビート/Indigo Beatにとっても産駒初勝利となり、二重の喜びであった。レーシングポスト紙は、出走3戦目での初勝利を挙げたディスコビーツを評価し、デビュー済みのパールシークレット産駒の中では最良との論評を寄せた。しかしながら、ディスコビーツはその後凡走を繰り返し、これまでのところ関係者の期待には応えられていない。

2021年1月現在、パールシークレットの産駒は、ディスコビーツ以外にもフォビドゥンシークレット/Forbidden Secretやシークレットイーグル/Secret Eagleらも勝ち星を挙げている。ただし、両馬とも早々に去勢され、ヘロド系の血を残す資格は既にない。わが国とは異なり、魅力に乏しい牡馬がいとも簡単に見限られる英国では、パールシークレットのごとき格安種牡馬が後継者を残すことは容易ではないのである。

現役時代は快速と頑丈さで鳴らし、安価な種付料も相まって毎年まとまった数の肌馬を集めるパールシークレットだが、ヘロドの系譜を次世代に繋ぐ時間はあまり残されていない。もしこの馬が種牡馬として成功できなければ、ヘロド直系の滅亡を避ける手立てはなくなるだろう。それは、偉大なるヘロド、ひいては三大始祖の一角バイアリータークの直系子孫が、3世紀半もの歳月を経て、サラブレッドの歴史から永遠に姿を消すことを意味している。

系譜(トウルビヨン-インディアンリッジ系)

パールシークレット 2009年(英)
26戦7勝:テンプルステークス(英G2)
コンプトンプレイス
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インディアンリッジ
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ノージー
アウトリトルシークレットロッシーニ
スポーツポストレディ
父系に関する注釈
ⓒ 2021 The Eternal Herod

参考文献

[1] Qatar Racing’s Pearl Secret wins Temple Stakes at Haydock, Gulf Times, May 25, 2015.
[2] Pearl Secret to Stand at Bucklands, TDN Europe, December 1, 2016.
[3] https://www.chapelstud.co.uk/our-stallions/pearl-secret
[4] T. Peacock, Pearl Secret up and running with first winner at Musselburgh, Racing Post, July 1, 2020.

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